ラッセン

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画家、プロサーファー、ミュージシャン、環境保護活動家

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母親の大きな愛情で育てられ、10歳の時にハワイ・マウイ島に移り住んだラッセンは海の魅力に魅せられ、海・イルカ・自然への愛情を膨らませました。 1976年より作品を発表し正式に画家としての活動を始めました。
 
1983 国連の【クリーンオーシャンキャンペーン】のイメージアート<<サンクチュアリ>>を描く。 この作品が1992年の3月13日付け国連記念切手として採用され、その収益金が国連の様々な活動に使われた。
1989 ホノルルマラソン公式アーティストに選定。
1990 常に感動を与えてくれる海に恩返しをしたいという思いから、自ら環境保護団体【シービジョン財団】を設立。 各国の環境問題に協力し、日本でも「福井沖原油流出事故」の際に寄付。
1992 << サンクチュアリ>>が国連記念切手に。
1996 映画【フリッパー】の公式ポスター制作。 ホノルル市はラッセンの長年にわたる芸術活動、環境保護活動による貢献に対して、3月2日を【ラッセンの日】と制定しました。その他、サンディエゴ・ネバダ州も【ラッセンの日】を制定。
1997 環境映画【I am the Earth ~私は地球~】で主人公を演じ、ポスター制作も手がける。 この映画は、ユニセフの推薦映画となりニューヨーク国連本部でも上映。
1998 【国際海洋年1998】の公式ポスターを制作するとともに、国連【オーシャンイヤー】に関連してN.G.O.組織【F.U.N】の親善大使に選ばれ、世界中で環境保護を訴えた。
現在 2007年に初の日本国外移住者チームメンバーとして【チーム・マイナス6%】に参加。 絵画のみならずミュージックシーンなど、諸分野での活躍も注目されている。
 

ラッセンとアールビバン

このような輝かしい活動をアールビバンは1989年以降、ラッセンとの強力な信頼関係のもとに支えてきました。そして数々のプロモーション活動をトータルにサポートし比類なき才能をさらに開花させ、アメリカはもとより世界各国、そして日本での一大ムーブメントを巻き起こしました。そんなアールビバンだから出来る、大型企画ラッセン原画展『ピース』は日本でのラッセンの地位を確立し、1997年2月開催の『全国縦断クリスチャン・ラッセン原画展』と併せて10数万人を動員しました。現在でも日本のファンとのふれあいの場を数多く提供しています。